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地域就労支援事業の意義と市町村補助金の交付金化

大阪地方自治研究センター 櫻井 純理

 府や市町村の労政に関わりを持つ方ならよくご存知だとは思うが、2008年度の途中から、大阪府内で実施されている「地域就労支援事業」の市町村補助金が交付金に変更された。ここでは、この制度変化が持つ意味と、事業実施に及ぼす影響について考えてみたい。

地域就労支援事業の特徴

 地域就労支援事業とは、「就職困難者等」つまり「働く意欲・希望がありながら、雇用・就労を妨げる様々な阻害要因を抱える方々」を対象に、府内の市町村が実施している就労支援事業である。2000~01年度に和泉市・茨木市でモデル事業が実施され、2002年度には府内18市町で事業開始、04年以降はすべての市町村で実施されるようになった。2008年度には43市町村64センターで事業が行われている。

 具体的な事業の内容は、地域就労支援センター(以下、センターと記述)を設置し、そこで専門の相談員「地域就労支援コーディネーター」(以下、コーディネーター)が職業相談・カウンセリングから就労支援プランの策定まで、必要な一連の支援を行うものである。事業の特徴を端的に挙げると、次の3点になろう。(1)就職困難者「等」とあるように、障害をもつ人、母子家庭の母親、中高年齢者などの「就職困難者」に加え、高卒未就職者やフリーター、学卒無業者など、多様な就職阻害要因を持つ人を対象としていること。(2)上述のコーディネーターが、単なる就職相談や求人情報の提供にとどまらず、就労に影響を与える多様な相談も受けて、必要な支援を提供していること。(3)サービスの提供に関わる多様な部署や機関(自治体内部では労働、福祉、教育、人権等、外部ではハローワークや民間の関係機関)が、地域就労支援事業推進会議/個別ケース検討会議に参加していること。

豊中市における事業の展開

 具体的な事例として、豊中市の事例を紹介したい。2009年度の豊中市のセンター利用件数(1892件)は大阪市(2994件)に次いで多いことからも、同市はこの事業が積極的に推進されている市町村のひとつであることがうかがわれる。

 豊中市で同事業が開始されたのは2003年8月で、センターは豊中市立労働会館に設置されている。コーディネーターは06年から2名体制。1人の前職は医療機関のカウンセラー、もう1人は生活保護受給者向けの自立支援に関わっていた経験があり、キャリアコンサルタントの有資格者でもある。事業内容には、(1)相談の受付と個別就労支援メニューの作成、(2)地域就労活性化事業(相談者の能力向上・資格取得のための講座の開講、職場見学・職場体験、求人情報の提供・紹介)、(3)広域推進事業(近隣3市2町と合同の講座開講や就職面接会などの開催)、(4)地域就労支援事業推進会議と地域就労支援事業個別ケース検討会議の開催、がある。

 豊中市での事業実施がもつ最大の特徴は、就労を希望する求職者側への働きかけだけではなく、求人企業への働きかけも同時に重視していることである。2006年11月に無料職業紹介所「豊中しごと相談ひろば」を開設し、独自の求人開拓と職業紹介を開始している。求人企業については、製造業の生産管理に詳しく、商工会議所の企業相談をかつて担当していた人を含め、2名を人材コーディネーターに起用して、開拓に努めている。企業側の業務改善にもつながるような仕事の「切り出し方」を提起することで、新たな求人を掘り起こす。そして、人材コーディネーターと上記の就労支援コーディネーターが相互に情報を交換することで、求職者と求人企業の最適なマッチングを目指している。

 このような企業開拓の努力に加えて、なるべく時間をかけて丁寧な相談対応を行うこと、企業見学や職業体験の機会を支援プログラムに組み込んでいることも、就職者を増やすためには重要な働きかけである。そして、市役所内部の他部門(たとえば、福祉事務所やこども家庭支援課)との連携を密にすることで、就労を阻むその他の要因も含めた総合的な解決を志している。

事業に対する評価

 事業が開始されてから、この就労支援の取り組みは多くの研究者によっても取り上げられ、おおむね肯定的な評価を得てきている。どのような点でこの事業が好評価を得ているのかを3点に分けて見てみよう。

(1)独自の地域雇用政策であること

 2000年4月に改正された雇用対策法は、「地方公共団体は、国の施策と相まって、当該地域の実情に応じ、雇用に関する必要な施策を講ずるように努めなければならない」と規定している(第3条の2)。これは努力義務ではあるが、幅広い雇用政策の取り組みを市町村に求める内容であると理解される(澤井2006)。地域就労支援事業の実施過程では、上で見た豊中市の事例のように、独自の政策展開を通じて解決しようとする自治体が現れている。モデル事業の時期から、和泉市の取り組みなどが注目され、「地域開発や個々の雇用政策とは区別される地域雇用政策と呼びうる内容に到達したといってよいだろう」(佐口2006)という高い評価を受けていた。

(2)社会参加を保障する政策であること

 2点目に、この事業では広範囲の対象者が居住地近くで相談を受け、多様な支援を得られることが評価されている。もともとは被差別部落住民に対する就労政策の再編が契機となった事業だが、その後は母子家庭の母親、障害者市民、在日外国人、若年無業者などの多様な問題に対応するものとして発展してきた。国の事業としてハローワークやジョブカフェなどが実施されているものの、時間をかけて相談に応じてもらえ、居住地域内で支援が得られる市町村のサービスは貴重である。セーフティネットとしての家族や企業の機能にほころびが生じつつあるこの社会のなかで、「就労支援」を入口に社会的な包摂(社会参加の保障)を実現する政策として、この事業は注目を集めている。

(3)就労のための福祉を志向する政策であること

 3点目に、当事者の主体性を尊重した「広義の」就労支援政策であることへの評価が高い。つまり、仕事探しと並行して、あるいはそれ以前に、就労を阻害する個別多様な問題の解決を図ろうとしていることである。たとえば和泉市では、シングルマザーの職探しを支援するために、保育施設への入所要件・手続きや生活保護受給資格の柔軟な取り扱いを導入する工夫も行われてきた。初めから就労ありきの「ワークファースト」政策ではなく、「「就労のための福祉」(welfare for work)を提起した政策」(福原2007)であるとして、具体的な支援の内容が評価されている。

市町村補助金の交付金化

 同事業は大阪府が経費の2分の1を補助金として支給する形で実施されてきたが、2008年度からは他の補助金対象事業と統合された上で、交付金事業に変更された。端緒は大阪府の「『大阪維新』プログラム」の財政再建プログラムのなかで、「市町村がその力量を発揮できるよう、補助金の交付金化をすすめる」ことが示されたことにある。

この改革の結果、地域就労支援事業向けの市町村補助金は「総合相談事業交付金」に再編された上で、2007年度→08年度の比較では約8割(2.3億円)に削減されることになった。再編された交付金に統合された他の3事業は「人権相談推進事業」、「総合生活相談事業」、「進路選択推進事業」で、これらは2000年前後に従来の同和対策事業の見直しの過程で生まれた事業である。地域就労支援事業もまた、もともとは同和政策の再編から生まれた事業であるが、その後は地域独自の雇用政策へと発展しつつあった。補助金事業の見直しが検討される過程で、担当部局(商工労働部)は「今は一般施策としてやっている」ことや政策の意義も主張したが、再編・統合が決定されたという経緯がある。

交付金化がもたらす影響

 交付金化がもたらす影響で懸念されるのは、事業を縮小、場合によっては廃止する市町村が出てくることである。市町村行政のなかで労働の分野は歴史が浅く、予算額も非常に少ないケースが大半であろう。そんな状況のなかで、府が枠組みを作り補助金を給付していることは、市町村労政の担当者にとっては予算化の推進力として作用したと思われる。交付金の配分方法は前年度の実績などに基づくので、もともと過去の実績が低い市町村が取り組みを強化するには、自主財源を多くあてることが必要になる。こうしたことから予測されるのは、ますます市町村によって取り組みに格差が出てくるだろうということだ。地域「就労支援」のレベルに到達せずに、「相談」に留まるところも出てくることが危惧される。

表 地域就労支援センターの利用状況
  相談件数 就労者数
<相談件数が多いところ>
大阪市 2994 160
豊中市 1892 185
八尾市 1598 100
和泉市 1238 78
柏原市 1020 69
<相談件数が少ないところ>
藤井寺市 23 0
門真市 29 1
池田市 52 2
岸和田市 71 0
守口市 84 9

(資料出所)大阪府・市町村就労支援事業推進協議会2009

 実際のところ、従来から市町村間で取り組みには大きなバラつきがあった(上の表では、市だけに限って、センター利用件数の多い所と少ない所を示している)。この点は地域就労支援推進協議会(現・大阪府・市町村就労支援事業推進協議会)でも認識しており、今後は先進的な事例を共有し、研究していくとともに、市町村間の連携を深めていきたいとしている(大阪府・市町村就労支援事業推進協議会)。具体的には「コーディネーターのネットワークの強化、将来的には人材バンクの検討も視野に」入れるとされており(同)、このような施策を通じ、府内全域で必要なサービスが提供されることが望まれる。

交付金化をどう評価すべきなのか

  地域就労支援事業の交付金化をどう評価すべきかについては、議論の余地がある―議論されるべき点である―と考える。大阪府の財政再建プログラムでは、市町村との役割分担について、「「住民に身近なサービスはできるだけ身近な市町村で」という原則を徹底する」、と述べられている(大阪府2008a)。また、交付金化の際には、「市町村が地域の実情に沿った事業をよりきめ細かく展開できるよう」にすることが重要だということが強調されている(大阪府2008b)。そのこと自体はきわめて適切な認識であると言えるだろう。

 しかし、地域就労支援事業は市町村間の取り組み状況の開きが大きく、一部の市において進展している状況である。筆者は、現在の日本社会においてこの事業が持つ重要性をふまえるなら、市町村行政のなかに労政=同事業を含めた地域雇用政策がたしかに位置付けられるまで、少なくとも今しばらくは補助金事業として継続させるほうが良かったのではないか、と考えている。

<参考文献>

  • 大阪府(2008b)「財政再建プログラム(案)」
     http://www.pref.osaka.jp/attach/2199/00000000/fuan.pdf
  • 大阪府(2008c)「市町村補助金の交付金化」
     http://www.pref.osaka.jp/attach/3220/00015353/200922kohukin.pdf
  • 大阪府(2008)「地域就労支援事業費補助金交付要綱」
  • 大阪府(2009b)「総合相談事業の実施について(平成21年度~)」
  • 大阪府・市町村就労支援事業推進協議会(2009)『平成20年度 市町村就職困難者就労支援事業報告』
  • 大谷強(2008)「大阪府における雇用・就労政策の取り組み」、大谷強・澤井勝編『自治体雇用・就労施策の新展開』公人社
  • 佐口和郎(2006)「大阪府における地域雇用政策の生成―就業支援策への収斂」、田端博邦編著『地域雇用政策と福祉―公共政策と市場の交錯』東京大学社会科学研究所研究シリーズNo.22
  • 櫻井純理(2009)「市町村による地域雇用政策の実態と課題」『現代社会研究』(京都女子大学現代社会学部紀要)第12号
  • 澤井勝(2008)「日本における自治体就労政策の新展開」、大谷強・澤井勝編『自治体雇用・就労施策の新展開』公人社
  • 田端博邦(2006)「和泉市の雇用政策」、田端博邦編著、前掲書
  • 豊中市(2008)『豊中市雇用・就労施策推進プラン(基本方向)』
  • 西浦祐紀子、原田圭子、岩下良輔、西岡正次(2009)「基礎自治体の雇用・就労施策の試み―地域就労支援から地域労働市場への対応へ」(第32回北海道自治研集会提出論文)
  • 福原宏幸(2007)「就職困難者問題と地域就労支援事業」、埋橋孝文編著『ワークフェア―排除から包摂へ?』法律文化社
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